明くる日の夕方。
俺はC9アカデミーの校門近くでサキが出てくるのを待っていた。
今回は下校する彼女を尾行して、帰宅ルートを把握するのが目的だ。
もちろんずっと待っていたわけではなく、つい先ほど到着したばかりだ。サッカー部の練習が大体この時間帯に終わることは、先日確認している。グラウンド周辺にはどの部活が何日の何時に使用するか、時間表が掲示されてあったので情報を得ることは容易だった。
「片付けの時間も含めて考えれば、そろそろのはずだが…」
そう呟いた矢先、彼女が校舎から出てきた。いや、よく見ればその前をケビンが歩いている。
スタスタと帰路に着く彼の後ろを、サキは早足でついていこうとしている。しかしある一定以上の距離を保っていた。別に部員とマネージャーなのだから話しながら帰っても不思議ではあるまいに、なんだか不自然だった。
「サキちゃん、おつかれ〜!」
「うん、おつかれ!」
「ケビン、次の大会頑張れよ!」
「…おう」
他の生徒と挨拶を交わし、アカデミーから離れてしばらく経つと、2人はコロニー南部の商業地区に入っていった。
そこから変化が見られた。
「先輩、なにか食べていきます?」
「…そうだな、ファミレスでも寄っていくか」
2人は先ほどとは違い、横に並んで歩いていた。
ケビンの反応や声色も明らかに変わった。歩調もサキに合わせるようにゆっくりになっている。
近くのレストランに入っていく時も、ケビンはサキをエスコートするように立ち回っていた。
俺は遅れて中に入り、2人から少し離れた席に座る。
「ホットコーヒーを頼む」
適当に注文して店員が離れたのを確認すると、俺は盗聴用の小型ドローンを起動した。親指サイズのドローンは店の廊下の隅を這うように移動し、サキとケビンのテーブルの下へ張り付いた。
音楽を聴くフリをしてイヤホンを耳に挿れると、2人の会話がよく聞こえてきた。
「…先輩、無理にはぐらかす必要ないんじゃないですか? もう部員にはバレちゃってるみたいですし」
「そうだとしても、あいつらの前でイチャイチャしてるのを見せるわけにはいかねえよ。からかわれるの面倒臭えし、それに…」
ケビンはサキの顔を見ながら続けた。
「お前のこと狙ってる奴が他にもいるんだよ。そういう連中から嫉妬されたりすると、チームワークが乱れる」
「ま、まさか…」
「まさかじゃねえよ。変に謙遜すんな」
ビシッとケビンはサキを指差した。
「お前はカワイイんだから、少しは自覚と警戒心持てよ」
「〜〜〜っ!」
ストレートに告げられ、サキの頬が赤く染まるのが遠目にもわかった。
カワイイじゃないか。まさしくそういうところだぞ。
「それに、スポーツ推薦で入学した俺が優等生のお前と付き合ってるなんて教師に知られたら、いろいろ言われて面倒なことになりそうだしさ」
「別に、そこまで気にしなくても…」
「お前は良くても、周りが黙っちゃいないって話。お、来た来た」
注文した軽食が到着し、その話題は打ち切りとなった。
ケビンはホットドッグ、サキはパンケーキに舌鼓を打った。
その後はお互いの趣味や好物の話となり、拉致計画に重要な情報はたいして出てこなかった。
俺も適当にコーヒーを何杯か飲んで間を持たせ、2人が店を出るタイミングで会計を済ませて後を追った。
2人はその後、ショッピングモールでスポーツ用品やアクセサリーを見て回ると、商業地区を通り過ぎて西部の住宅街に移動した。
日は暮れて、灯りがあちこち点き始めていた。
「それじゃあ先輩、また明日」
「おう」
別れの挨拶を交わしたが、ケビンはなぜか動こうとしない。サキも様子がおかしいことに気づいた。
「先輩…? んっ!?」
覗き込むよう顔を寄せた次の瞬間、ケビンはサキと唇を重ねた。
「ん…」
「ちゅむ…せ、せんぱ…んんっ!」
唐突な接吻にサキは目を見開き、反射的に身を離そうとする。
ケビンはその肩をがっちりホールドし、逃さずに唇をさらに密着させた。
「ん…んふーっ、ふーっ…」
驚きに満ちていたサキの目が、次第にトロンと潤んでいく。自らもケビンの背中に両手を回し、彼を求めにいった。
やがて2人が顔を離すと、間に透明な架け橋が一筋、街灯に照らされた。
「はぁ、はぁ…先輩…ダメですよ、こんな人目につくところで…」
「大丈夫だって、見てみろよ。周りには誰もいねえ」
「監視ドローンに絶対映りましたよ…」
「あの映像は保安局以外の人間には、本人のIDと同意がないと見れねえ決まりがあるんだろ? 誰が見れるかっつうの」
「もう…」
心配しながらも、サキの表情は笑っていた。
「今度の試合、見とけよ。絶対に得点を決めてやるからな」
そう言って笑いかけると、ケビンは踵を返した。
「じゃあな、サキ!」
駆けて帰ったのは照れ隠しだろうか、彼はあっという間に夜の闇に消えていった。
一人残されたサキは、先ほどの甘い感触を確かめるかのように、自らの唇に指を当てていた。
「本当に…強引なんだから、先輩は…。ファーストキス、されちゃった…」
頬を赤く染め、嬉しそうに微笑んでいた。
くそっ、このまま襲いかかってやりたい…!
先を越された悔しさからくる黒い衝動をなんとか押さえ、やがてゆっくりと歩き出すサキの後をつけていった。
彼女はそれから寄り道することなく帰宅した。
サキの自宅、下校時のルートを把握するという目的を達した俺もまた、寄り道せずに自分の船へ帰還した。
宇宙船に乗り込む前、俺は光線銃を抜いた。
バシュッ! バシュッ!
「くそ! くそ! くそぉっ!」
適当にそこらの岩に打ち込み、溜め込んでいた感情を吐き出す。脳裏に焼きついたキスの瞬間をぶち壊すように、岩にはヒビが入り、小石は弾け飛んだ。目の前でターゲットの女がキスされるなど、腹が立ってしょうがない。
ひとしきりの八つ当たりを済ませると、少しの間の虚無感が生まれる。やがて冷静に思考できるようになると、俺は笑い出していた。
「…くくく、だがなケビン。お前は脇が甘い」
監視ドローンに見られていても問題ない。彼はそう思っているようだが、それは保安局の管理するドローンの話だ。
いつどこで、俺のような変質者が盗撮しているかわからないのだから、やはり場所を選ぶべきだっただろう。
宇宙船の船長室で、俺はドローンで撮影したデータを再生する。歩道の隅から見上げる形で、2人が路上キスする姿がばっちり収められていた。
当然この映像は、本人の同意など得ることなく世間に公表することができる。
もちろん不特定多数にバラ撒いても大して意味を成さない。
しかしアカデミーの理事たちにこれが知れたら?
サッカー部の男たちにこれを見せつけたら?
早々に脅しのネタを1つ手に入れることができたのは、幸先が良いといえるだろう。
「くくく…待ってろよ。必ずお前たちの日常をぶっ壊してやるからな」
俺は醜悪な笑みを浮かべながら、明日以降の計画を頭の中で考えるのだった。
・サキとケビンは付き合っている
・2人の恋愛関係はアカデミー関係者、サッカー部にはなるべく秘密にしたい
・サキとケビンの路上キスする様子を盗撮